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横浜地方裁判所川崎支部 昭和44年(タ)28号 判決

昭和四四年(タ)第二八号事件原告 昭和四五年(タ)第二号事件被告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 篠崎芳明

昭和四四年(タ)第二八号事件被告 昭和四五年(タ)第二号事件原告 甲野花子

昭和四四年(タ)第二八号事件被告 乙山春子

右昭和四四年(タ)第二八号事件被告両名 昭和四五年(タ)第二号事件原告訴訟代理人弁護士 中村文也

同 大原修二

同 伊藤正一

主文

一、昭和四四年(タ)第二八号事件原告、同四五年(タ)第二号事件被告(以下原告と略称す)甲野一郎と昭和四四年(タ)第二八号事件被告、同四五年(タ)第二号事件原告(以下被告と略称す)甲野花子とは離婚する

一、右当事者間の長女夏子、次女秋子の親権者を原告と定める

一、原告の被告甲野花子に対するその余の請求及び被告乙山春子に対する請求を棄却する

一、原告は被告に対して金八〇万円(財産分与)及び本判決確定の翌日から完済に至るまで右に対する年五分の割合による金員を支払え

一、被告のその余の請求を棄却する

一、訴訟費用は被告甲野花子に対する関係においては両事件を通して五分し、その一を原告、その四を被告の負担とし、被告乙山春子に対する関係においては原告の負担とする

事実

≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によれば原告(昭和一二年一〇月生)は父太郎の二男として出生し乙山正夫及び被告春子間の三女花子(昭和一六年九月生)と昭和三九年一一月三〇日婚姻し、その間に長女夏子(昭和四二年一一月生)二女秋子(昭和四四年四月生)を儲けたことは認められる。

原被告はそれぞれ前記請求原因記載の事情により離婚を請求するところであるが、その原因事実がその主張の通り存在するか否は後記判断するとしても、いずれにしても当事者双方が離婚を求める以上は右の事実は夫々共に婚姻を継続し難い重大事由がありと認定されるから、原被告の離婚を求める各本訴請求は相当であると認める。

(尤も原被告はそれぞれの離婚権に基いて離婚を請求するところ、訴の目的である婚姻関係は一個の法律関係にすぎないので各請求権に基く離婚の言渡をしない。)

この点につき有責配偶者には離婚請求権は認められないとの見解が一般に承認されているところであるが、その理由とするところは婚姻、離婚の倫理、法感情という心理的事由及びクリンバンド権利濫用という法的事由と更には子の福祉離婚後の劣性に対する生活保障の不十分であるという社会的事由即ち婚姻に内在する友愛よりも制度という見解によるものであろう。しかしながら本件において原被告双方が離婚を認むという以上は劣性保護という見地からは有責配偶者だからとしてその離婚請求を拒否する理由はない。尤も離婚に伴う子の処置とか慰藉料財産分与内容において検討すればよい。

仍て本件婚姻を継続し難い重大事由を生ぜしたこと即ち、双方を離婚に追いやった原因、責任がいずれの一方に存するか或いはそれが双方に存するとしても、いずれがより以上に離婚についての決定的原因を与えたかを検討するに≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実が認められる。

即ち原告家は川崎市はずれにて弁当仕出屋を営み、四人程の従業員を使用している家庭であり、原告両親と原被告らが共同生活をしていたものである。

原告は二男であるが長兄は家を出て他に会社員として勤務している関係上将来原告が家業を承継することになっている。その所有資産として若干の親譲りの不動産があるが、不動産収入はなく、家業から一か月金五万円乃至一〇万円を得ている。従って被告は婚姻後原告家の家業(本業の外に農耕の手伝)に従事していた。しかしその妻として嫁としての労働は家人の労力もあり使用人も居る関係上酷使ということはなく、夫たる原告はまた被告たる妻に対していたわりの態度をもっていた。

原被告はいずれも特に高等教育をうけていない。原告はその性格勤勉真面目であるようにみうけられる、特に性格上非難されるところはなさそうである。

これに対して被告は相当に我が強く、幾分ずぶといという感がする。そのため原告は友人から女の尻に敷かれているとも云われたりしたが、決して意気地のない男ではない。

なお被告実家は資産として相当の宅地とアパート数棟を所有し、その実母は子息たちと別れ昭和四二年夫死亡後新築居宅に単身居住し、現在被告母子三名と同居しているものである。

原被告の離婚に至った事情は全く取り立てて云うほどのものでない。

ことのおこりは昭和四三年八月原告が軽い怪我をしたことから夫婦間の言葉のやりとりがあり、被告の言動に対して原告が被告を「殴打するぞ」と云ったところ、「殴るなら殴れ」と口答えしたことから原告が平手で被告を殴ったからである。

勿論それは普通の夫婦喧嘩の一端にすぎないがそれも原告が被告を殴打したというのは後記認定の如く寝ている被告の枕を蹴った外は婚姻中前後通じてこれがただの一回である、それら普通ありふれた夫婦喧嘩の程度にすぎないのに、被告はその頑固な性格から原告家人及隣人らの仲裁をふり切って敢て実家に帰った。

被告の実家帰宅後原告方では再三被告の帰来を要請した、殊にその頃九月七日には念仏行事(その地方では重要な行事である)同月二二日には祖父の三三回忌があるのでこれら行事には家長又はその相続人たる原告夫婦の主宰が要求されるので、仲人を通じ或は原告自ら電話にて被告に対して帰宅を懇請したが被告の母、兄らにおいては素気なく応答し、原告を困惑せしめるためか被告本人を電話口にも出さず結局それに間に合うように帰宅しなかった。その後原告において直接仲人を介して復帰を折衝したが、被告側では「原告の親戚の者は口を出さぬこと、親とは原被告が別居すること」などの一札を入れることを要求などしたが、仲人の世話にて被告の帰来後原告方では被告をとがめだてしないからということで行事の終了後の一〇月一日帰来したものであるが、その際被告帰来の遅れた理由の言いわけとして母の病気云々を口実にしていたが、他人の葬儀などにも列席していた。

被告の復帰後双方の遠慮から、それも特に原告の心ずかいから、一〇日間前後平穏であったが、その間も被告は仲人から働かなくてもよいとの事を云われたとして、主婦としてのつとめは誠実にしなかったが、原告としても被告の性格からやむなしとしていた。被告が二度目に家を出たのは昭和四四年三月二〇日であった。理由はまたとりたてて云う程のことでない。それは同日被告が朝七時半頃までになるも起床しないので、原告は前日の被告の健康状態から被告に仕事の手助けもできると考え、起こしに行ったところ、その際の言葉のやりとりから原告が寝ている被告の枕を蹴ったところ、被告は漸く起き上り、午前中自分の洗濯をした後午前一〇時頃長女を連れて家を出た、尤も当時被告は妊娠していたから身体が完調でなかったことは当然であるが、それにしても日頃の被告の行状から、原告において軽作業位は当然できると考え、又出来たわけであるし当日も前述洗濯をした上仲人方を訪れ、更に翌日には美容院、子供のため床屋などにも廻ったような健康状態であった。

右事件後原告方ではなお被告の帰宅をすすめたが、病気などを理由に帰来せず、そのうち次女の出産期も近ずいたので長女と同様婚家近くの登戸病院での出産することを勧めたが、被告の方ではこれに応答せず却って産衣の引渡を求めたので、原告の方では夫婦間で戻ってくるかどうかの話合が先決問題であるとしてこれが引渡を拒んだところ、次女出産後一ヶ月程して被告自ら弁護士など数人同道して来り被告の私物、子供のもの一切の引取りの断行仮処分決定を執行したものである。

その後被告から離婚調停を申出たが、被告は離婚を強要し且莫大な慰藉料を要求するので結局不成立に終ったものである。

なお原告家においては原告の実父母は従来から不仲であり、そのため被告は原告実父母夫々より愚痴をきかされたからなどを離婚理由としているが、右の事情は聞きずらいが婚姻生活に支障となるよりか却って世間にありふれた姑の嫁いびりというようなことには至ることが少なかったと推知される。

≪証拠判断省略≫

以上認定の事情においては、帰するところ被告の剛情な性質に加え、原告からの再三の帰来の懇請に対して婚家に復帰するについては条件として前認定の一札をいれろとか更には家庭裁判所に調停申立前に嫁入荷物、出生子の産着など私物についての引渡の断行仮処分の執行(普通例では家事調停手続において必要とする場合には着換類当座必要とする身廻品は引渡の説得がなされ任意引渡がなされているところであるから仮処分の断行の如きは不必要に相手方に対する敵対刺戟行為とみられる)等の行為に由来するものである。

それに加えるに被告の母親の生活条件が被告との同居に一面の便宜をもったことが被告を叙上の如く離婚に決意せしめたものと思われる。けだし被告の実母は、被告同様に強い性格から、その子息の嫁との同居の困難から、新築家屋にただ一人居住している事情は被告が孫を連れて同居することに孤独をまぎらすことになるからである。

尤も離婚事情については原告にも足らざるところはあった事はことの性質上勿論であろうが、それは取り立てて云う程のことではなく前認定の如く被告の所業に比して遙かに軽微である。

従って原告が被告に対して慰藉料を請求するは格別(その数額は後記財産分与において斟酌する)被告が原告に対してこれが請求しうる筋合でない、もし被告が離婚による精神的苦痛を蒙ったとしても、それは自ら求めたところであろう。従って被告の原告の慰藉料請求は理由はない。

次に財産分与の点については離婚による生活転換のための生活保障という趣旨においては、これ亦前述の如く被告の自ら招いたところであるから、これを原告に負担せしめる理由はないが、被告が原告方に嫁いでから原告を助け前叙の如く家業に従事した点、原告の資産家庭事情それに諸般の事情殊に後記子との離別等を斟酌し、更に被告の離婚責任(原告の慰藉料請求権の存在すること)を綜合するときには金八〇万円を以って相当とする。

最後に子の親権者の指定について考えるに、原被告いずれも共に親権者を望むところ、原被告の各本人訊問により認められる原被告の子に対する愛情、生活教育環境等において特に甲乙をつけ難く、いずれも子の福祉上親権者として欠けるところはないから、結局離婚責任の大少によって決するのが最も公正、妥当な措置と思料される、そうして前認定の如く本件離婚責任は主として被告にあるのであるから、原告をして子の親権者たらしめるべきものとする。

従って親権者の決定がなされた以上は早急に原告に対して子の引渡がなされるのが子の福祉に合致する所以であるが(仮りに幼児と雖も)強制的手段による引渡よりも、できうれば家庭裁判所のケースワーク的措置による処理を相当とするから、本判決主文において特に附随処分として引渡を命ぜず、また子の引渡後の母子の面接交渉権については勿論確保されるべきであるが、これも当事者父母の良識に期待して特に本判決主文においてこれを定めない。

次に原告の被告乙山春子に対する請求について検討するに原告の請求は被告春子が被告花子の母として原被告間の婚姻破綻に加担したと謂う理由によるのであろうが、被告春子が娘である被告花子の婚姻継続に力を貸し円満復帰を図ろうとせず、これが自己の生活の孤独からかむしろ離別決裂にいたるおそれあるを意に介せず、敢て無理を通し譲歩妥協をしようとせずために離婚に至る経過に放任したとしても離婚意思決定は被告花子の自由意思によったものであり、仮りに前叙の如く被告花子の離別えの意思決定にあづかり更に示唆した点があったとしても、被告春子が被告花子の婚姻継続意思を妨げて敢て離婚せしめたとは認められないから、原告に対して個々の不法行為例えば暴言侮辱などによる慰藉料請求なれば格別、離婚による慰藉料を請求できる理由はない。

仍て原被告の各離婚を求める請求はいずれも相当として認容し親権者財産分与については主文の如く定め、双方の慰藉料請求については財産分与内容に斟酌し、訴訟費用の負担につき原告は被告花子に対する関係においては民事訴訟法第九二条、被告春子に対する関係においては同法第八九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 村崎満)

〈以下省略〉

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